山本五十六記念館
まえにも少し書いたような気がしますが、長岡市には「山本五十六記念館」があります。
地理と歴史はずっと2だった私でも、この人は書が素晴らしいから知っていました。
日独伊のなんたら連盟に最後まで反対し、太平洋戦争でも最後まで回避を叫んだ人なのですね。真珠湾攻撃は、彼の本意とするところではなかった。時代の流れにより、海軍総司令官となっても、この戦争では日本は到底勝てないことを一番良く知っていたのではないでしょうか。
書・書簡などが多数展示されているほか、パプアニューギニアで撃ち落され戦死した飛行機の左主翼が展示されています。
書はなかなか良いですが、すべての芸術がそうであるように、人間そのものが出ます。非常に生真面目で努力家、優秀な頭、そのまま書に現れています。
会津八一と比べると明らかですね。八一はなにせ孤高の歌人ですから、一生結婚もしなかったし、学問と教育と歌と書に生きた。誰にも似ていない字ですが、五十六の字はある意味、教科書的というか、あー、うまい字だな、よほど練習したんだろうな、とは思わせますが、生き様そのものを表出しているとまではいかない(ような気がします)。
そうそう、9月になりましたので、食堂の額は予定通り、
「すゐえんの あまつをとめか ころもての ひまにもすめる あきのそらかな」
(水煙の 天つ乙女が ころもでの 隙にも住める 秋の空かな)
に替えました。

0 Comments:
Post a Comment
<< Home